当前位置:主页 > 学前教育
この建物が現存していましたが、昭和20年6月29日の大東亜戦争、岡山空襲により伽藍の大半を焼失、残存したのは客殿、釣屋、庫裏、土蔵、山門のみであります

 

平成15年4月、本堂並びに大師堂を再興し現在に至ります, 其後今の所へ転じ阿弥陀三尊を本尊とし、弘法大師は池田綱政公御病気平癒御礼像であります, 当寺は、聖満山法城院大福寺と称し、人皇四十六代孝謙天皇の御宇天平勝宝年中(749-757)、報恩大師の創造、備前四十八ヶ寺の1つと伝え、古へは和気郡伊部村にあり寛永年中(1624-1644)、上道郡古門田村へ移り隆盛法印を開山と仰ぎます。

この建物が現存していましたが、昭和20年6月29日の大東亜戦争、岡山空襲により伽藍の大半を焼失、残存したのは客殿、釣屋、庫裏、土蔵、山門のみであります, 故に池田綱政公の御願に因り歴代の御祈願所となり栄え、安永元年(1772)、龍尊僧正により本堂、大師堂、毘沙門堂が再興, ,。

元玉井宮の別当寺で、大正15年7月には岡山市門田宮の下、幣立山能満寺大徳院を当寺へ合併いたしました,寛政11年(1799)、尊俊僧正が客殿、釣屋、庫裏等を再興しました。